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ALWAYS the way to go your way

勉強するのはどういう切り口で始めるかだとおもう。

年間20万円ほど英語学習に投資していることがわかった。

安いと思うかもしれない。中途半端に読んだ書類が3つほどあり、その再学習が必要だと思いつつ日中帯は、溜めていたドラマやアニメをざっと鑑賞しながら、「やらないといけないなぁ」と思っていた。

この長期休暇は、その学習に当てようと思う。

なぜこの学習をするのか、改めて考えることにした。

年間20万円を投資するほどのものか。→Yes.

なぜ英語の勉強をするのか。

→勉強、というよりは、よりよいビジネス関係を保ちたいという思いが強くなったことが「大きな原動力」となっている。すぐに終了する仕事があるなか、数年関わっているパートナーのとの共通言語が「英語」、それもどうしようもない英語を書いているにも関わらずかなり譲歩、汲み取って解釈してもらっているような気がする。もうそろそろまじめに取り組まねば機会損失になりそうに思えてきた。学卒、新入社員ならまだしも、きゃぴきゃぴするのも、もうそろそろ潮時だろう、と昨今周りを見ていて、振り返ったところだ。

苦しいところは→ 英語なんてできて当たり前だ、といいながら、社員の7割が日本語運用。それにも関わらず、なぜか評価が変わらない。きっと他の何かで補えているからよいのだろう。ただ、たとえばその補えているところに自身がたどり着いたときに同じ評価ならば、そろそろ別の道を模索するのではないかと思う人も居るのではないかと思う。

 

まとめると。。。

他人に迷惑をかけないような英語作法を身に着けることが、近々のGOAL(ゴール)

自分が変わると回りの考えも変わると信じて、突き進もうと思う。

 

仲間の卒業と残された仲間たちの今後

源泉徴収票と目標達成

源泉徴収表を見て、「ふぅ、ようやくここまできたか」と思えるようになった。
着実に計画的に進めると、何とかできるものなのだと数字があらわしている。

具体的にこんな感じで、進めたら結果が出た。

  1. 20xx年には年収○○万円と決める(大枠)
  2. 3年以内に達成する目標(指定されている資格数や目標レベルに沿う)
  3. 5年以内に達成する目標(業務上必要な勉強をする)
  4. 7年以内に達成する目標(業務でその道のプロに必要な水準に引き上げる)
  5. 10年以内に達成する目標(考え中) 
年中無休でサービス提供、自分は休日、でも仲間は働いている

プライベートと仕事の関係を問われると、
5年間を振り返り、がっつり仕事をしている時期のほうが多かったような気がする。

自分が休日でも、仲間は働いている。
リーダになる前から、休日にもPCに向かう生活、
誰からかメールが来ていないだろうかと心配になり、
どこにも出かけず「私には仕事がある、それで十分」と思う
明らかにワーカホリック症状だった。

少し前までの仕事

夜間休日に連絡が来るのは、「私のサービス構築不足」が原因ととらえ、
「再構成が必要」というNext Actionが提示され、
休みであろうと原因究明・改善活動をはじめる。

--------5年もそんな話を受付から作り手まで経験を積むと、
原因究明や改善活動の時間が短くなり、
夜間休日の連絡もなくなり終息していく。
結果サービスサイクルが順調に回り始める。


これが仕事だ、といえば、
後世は「そんな仕事やりたくない」
というのではないか、と最近思い始めている。

送別会のはずが、OB会のようになった宴で、
先輩から
「徹夜とか終電逃したりとか、あの頃はあったねぇ。何でだろうね。」
と笑いながら話し合った。狂ったように働いていたが、
今になってみれば、よい先輩方に恵まれ、今ではよい思い出だと、私も思う。

「自分以外の他者に迷惑をかけないこと」

自分が発端であろうと、自覚症状がなかろうと、
他者に迷惑をかけてはならない。

幼少期の私はそのようなことを学んだ。
自分の責任の範疇で、自分で考えて行動すること、
これは社会で求められるものなのだと、身にしみる。
学校での共同生活は協調性をもつものだったと認識しており、
それはそれでよかったのだが、
必ずしも他者と同じ必要はなかったことも、
留学してわかったことだ。


「○○ちゃんだけちがう~」「みーんなおそろいー」


違和感を感じはじめたのは幼稚園か小学校の頃だっただろうか。

仲間の人数が増えて、若手を仲間に加えたところ、
そのような空気が流れはじめたように思う。

  • 誰かが優位に立ったら、自分はどこかへいく
  • だからみんな同じ、優位者はいない

目標どおりに年収を上げて、ポジションも変わっていった私に対して、
「あなただからできたのよ」
という言葉をいただくことがある。
「私が追い抜かしてしまった」先輩からその言葉を言われると、
申し訳ないような、しかし、
なぜ現在の環境の文句をいうのに立ち上がってくれないのか、
と思うことはあった。
そのように思うことはあったが、もう過去の話にしようと決めた。


上がらない人とは「さようなら」をしようと思う

自分が休日のときにも働く強い仲間がいる。
仲間もさようならを幾度となく味わい、最後の要も、旅立つことになった。


お疲れ様でした、とともにひとつの物語は終幕を迎えた。

残された仲間たちは、どうするだろう。

警告し続けることも、私の仕事の一部であるが、
もうそろそろどうしようか考えものである。

とりあえず、「忙しそう」と思っている人たちに向けては、
私が資格を取ると、よい刺激になるだろうか。
また、「あなただからできるのよ」といわれるのだろうか。
そういわれたら、もうどこかに武者修行に出て、
せめて現実と向き合ってもらいたい。

物足りない日々

昨年秋から進めていたプロジェクトが、ついに終わった。

おかげで、少し物足りない日々を数週間を過ごしている。

やることは、たくさんある。それは数ヶ月、放置してもとりあえず大丈夫なものを
溜め込んでいたからだ。プロジェクトが終わろうと、
仕事があることが今の仕事のよいところだと思う。

物足りない日々、を別の言い方をすれば、できる人が不足していて通常業務に
+αプロジェクト遂行していたところ、ようやく通常業務一本になり、
やることが急に少なくて考える余裕が生じている、
といったところだろうか。

 

インフルエンザインパク

1月の高熱から始まり、喉の激痛、止まらぬ咳を経て、
最近「隠れインフルエンザ」の記事を読むと
「もしや1月の私の症状は、それだったのかもしれない」と思うところである。

 

英検の1次試験を終え、部会発表を終え、プロジェクト終了し、
お客様先同行した同僚は、インフルエンザを発症し1週間お休み、
お客様先も似たような状況で訪問は回避することとなり、
空白の、溜まっていた仕事を整理するくらい余裕のある、1週間を過ごせた。

 溜まっていた仕事を整理する
+お悩み相談を受ける
+人員補充選びにも時間を割ける

くらい、時間に余裕があった。

しかし、体調はあまり芳しくない。
きっと1月の高熱が隠れインフルエンザだったのならば、
抗体がついており、寒いのに「少し熱い」とか「体がだるい」とかいう
軽度の症状になっているのではないだろうか。

今年のインフルエンザは猛威を振るっており、
B型に感染した人がA型に感染する、という例も出ている。

ありがたいことに、物足りない日々を過ごしながら、
ただ体がだるい程度に済んでいる。感謝しよう。

 

物足りないときに考えること

溜まりに溜まった仕事をこなしていて思ったことがある。

本当に私は今の年齢で今のポジションに就いていて、よいのだろうか。

 

28を目前に、思うことである。
かつて、最年少管理職という人は24歳で課長級になり、29にして部長になった。
入社が20で、4年で管理職になった。

自分はというと、「早くこっち側にこい」と呼ばれた影響もあったように思うが、
入社が22で、4年後の26に課長級になった。任命から1ヶ月後、27になった。
任命から4ヶ月後、その先を歩いていた人は、一身上の都合で会社を去った。

「こっち側にきてもいいが、おすすめはしない」といった人も、
いろいろな理由で会社を去った。


正確が正反対な二人を思い出し、自分の年齢のときの二人の仕事ぶりを想像すると、
明らかに今の私には足りないものが多い。

経験にしても、技術の幅や深さにしても、足りない。
そして私は現場から離れて、売上や契約書や交渉や管理業務に明け暮れ、
日に日に現場仕事を忘れはじめているように思う。

プロジェクトの振り返り

プロジェクトはよかった。現場仕事の集大成か、と思うような仕事で、
既存の事務仕事を片手にもちながら、もう片手に現場寄りの仕事をできた。
人と話すこともでき、新しいことを毎回見聞きすることができた。
―私が求めている環境はこれかもしれない。

深い知識もなく、解決策かワークアラウンドへの最短の方法を見つけるには、
広い関心が必要に思える。
―これは、サーチャーや司書の仕事に結びつくように思う。

 

もう何か見つけたように思うが、見つけたものとどう結びつくかは『縁』である。

ラッキーだと思うのは、先輩のような会社の去り方である。
趣味に専念、移住するため、会社を去る

うらやましい、そしてもちろん寂しい。
共に戦い、たまに争った人がまた去っていく。


27や28というのは、人生の一区切りのように思える。 

『2017』>>>『2018』

怒涛の年末年始を乗り越えた。
スケジュール詰めすぎたな、と反省。
この年末年始も故郷で年越しできることに感謝。同僚に感謝。

御神籤は

正月に地元の神社で「大吉」、2018年はいい年になりそうだ!と思いきや、
第1週目、2営業日にして、39度の発熱...少し近所の神社で引いたおみくじは「半凶」
まさに、その通り、神さまは見ているんやな...
3連休は、ひたすら体を休めたところ、次は喉が痛くなり2週間、毎週通院
9割回復した、とお医者さんに認めていただき、ようやく通常稼動を始めたところです

 

目標設定

この時期は、「昨年の振り返り」と「今年の目標設定」をされる方は多いですよね。


22歳のときに65歳までの大まかな指針を立てたおかげで、まさにその通り進んでいる私、27。
たとえば、22歳の私が想定していた「27歳の私」は

「海外駐在志願、現地作業より帰国」や「外資系中心に売込」みをしているらしい

社内に海外駐在で果たそうと思っていた環境と似た環境にあるため
「海外駐在を志願」はしていないが、
「英語を利用する」「作業には出て」おり、大枠では近いことをしている

さて、28まであと3週間
大枠で近いことをしているが、このまま過ごして「できること」と
もう少し踏み出して「できること」が目の前にあり、
「もう少し踏み出してみようかな」と思い始めている

人生のターニングポイント

「昔の自分と今の自分、どっちがいいか」
「これまでの自分」のなかで「最新の自分」が「最善」であることを常に目指している。できないことをできるようにするには、どうすればよいか。自分との戦いである。私のターニングポイントは19歳だったとしても、あと1年すると、19歳から10年経つ。もう一度ターニングポイントがやってくる。それまでにできることをやりきろう。

 

雪も溶け始めて、もうそろそろパンプス履ける時期。楽しみ。

ヒトマトメ2

古いログの追加完了。

どうやらブログの形式をはじめたのは、2008年がはじまりのようだ。

つらつらとよく書いている。

 

2009年頃に書いたブログを見て、「変わらねぇな」と思った。

 

勤労感謝の日の前の日は、Zeppにライブへ、

その後、仲間の結婚祝の2次会に参加できた。

ライブで2次会だけの参加になり、申し訳なく思っている。

※1次会に参加できなかったがために、わざわざ開催してもらったような気がして、さらに恐縮する。

 

Zeppのライブは、スタンディング、通算2回目である。

どのくらいの収容人数か確認せずにいったが、1番~700番、700番以降と分かれており、自分のチケットには195と記載,,, 意外と早くて驚いた。

前から3メートルくらいのところで聞けた。ど真ん中。

仕事では仕事で呑みにいったり、焼き鳥を平らげたり、息抜きをしているが、趣味というプライベートでの息抜きがあってよかった。

5年前にはなかったものだ。成長はしている、確実に。

 

とはいえ、午前中は有休であろうと、火曜日に遣り残した仕事を16:00頃までやっていた。「息をするように仕事をする」とかつての上司のひとりが言っていたが、まさにそれをやりつつある。どうなんだろうか。

 

結婚祝2次会に際し、「10名で店を探してくれ」これがまた別のかつての上司からの指令だった。あと10分せずにつくから、探して、って、おぉ。

あまりやってこなかった仕事だな、と思いながら、インターネット検索。

新橋と一重にいっても、「銀座」が結果のなかに紛れてくるあたり、まだ検索精度は高められるのではないか、と思ったり…10分しかないのにそんなことを考えていた。

「ついた」という電話だろう、電話が鳴り、少し焦ったところで目の前に数名いるお兄さんたちのなかで、誠実そうなお兄さんに声をかけた。

社会人、になってから知らない人に声をかけることは皆無となったが、かつてはお客様に話しかけていた人間である。まず、できる。ただ社会人になってから、求められなかったのでやってこなかっただけで、と言い訳をしておこう。

 

結果、いいお兄さんだった。こちらが伝えた要望は100%叶えてくれた。

下手なぼった繰る店ではなかったので安心した。お兄さんに感謝である。

 

結婚について、かつての上司に尋ねられた。

「なぜか、こいつの押しが弱いからだろう、それはわかっているんだ」と言われたが、その前夜に現在の上司と同僚と焼き鳥を充てに呑み、結婚を踏みとどまっている理由が分かったので、説明することにした。なにぶん、とても心配をかけているかつての上司のひとりである。

何人の上司にわれわれの結婚を心配されていることかと思うと大変申し訳なく思う。

正直なところ、社内恋愛による影響度、特に後輩・同僚たちからの目線と気遣いが私にとっては苦しい、これが理由である。実際に、社内で似たような立場にある人たちを見ていると、あぁはなれないし、成りたくないな、と思うのである。

何か自分が行動すると、「だれだれの奥さんだから後ろで内通しているんだわ」といい、情報が少なくなったり、これまでの態度が結婚によりがらっと変わったりする、これが一番納得できない。

納得できないから結婚しない、そう断言した。

 

これは過去のブログを読んでいて、顕著に現れており、自分の曲げられないものなのだと思う。「納得して自分の責任の上で、実行する」これが、私のポリシーなのである。誰かに言われたからと言って実行しない。納得する必要がある。

 

かつての上司、今の上司たちには申し訳ないが、静かに見守っていてほしい。

そうしたためて、自分の道を改めようと思う。

ヒトマトメ1

Yahoo >>> FC2 が完了

mixi    >>>    FC2   は混雑により失敗。再トライ。

 

引越しから1週間は引越しできないことを確認。

 

「毎度のことながら」という言葉を禁止しよう。

毎度のことながら、というならば、それを解消する。

これが「今の私のオシゴト」だ。

 

Qestion には Answer を。

明日から9:00-18:00の生活が再開。

さて米をといで寝よう。

 

ヒトマトメ

過去開設した、ブログのお引越しをすることにした。

2009年からブログを開設し、思う事々を書き綴ってきた。

 

「書き綴ってきたことを、1つに纏めよう」

思い立った。

 

Yahoo、Amebamixiといろいろなところに私の過去が分散している。

ここで綴る1分1秒が「今」であり、

綴ったものは「軌跡」になり、

「現在」からみた「過去」になる。

 

 

ヒトマトメにして次のステップにつなげよう。

その準備にとりかかることにした。