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ALWAYS the way to go your way

仲間の卒業と残された仲間たちの今後

源泉徴収票と目標達成

源泉徴収表を見て、「ふぅ、ようやくここまできたか」と思えるようになった。
着実に計画的に進めると、何とかできるものなのだと数字があらわしている。

具体的にこんな感じで、進めたら結果が出た。

  1. 20xx年には年収○○万円と決める(大枠)
  2. 3年以内に達成する目標(指定されている資格数や目標レベルに沿う)
  3. 5年以内に達成する目標(業務上必要な勉強をする)
  4. 7年以内に達成する目標(業務でその道のプロに必要な水準に引き上げる)
  5. 10年以内に達成する目標(考え中) 
年中無休でサービス提供、自分は休日、でも仲間は働いている

プライベートと仕事の関係を問われると、
5年間を振り返り、がっつり仕事をしている時期のほうが多かったような気がする。

自分が休日でも、仲間は働いている。
リーダになる前から、休日にもPCに向かう生活、
誰からかメールが来ていないだろうかと心配になり、
どこにも出かけず「私には仕事がある、それで十分」と思う
明らかにワーカホリック症状だった。

少し前までの仕事

夜間休日に連絡が来るのは、「私のサービス構築不足」が原因ととらえ、
「再構成が必要」というNext Actionが提示され、
休みであろうと原因究明・改善活動をはじめる。

--------5年もそんな話を受付から作り手まで経験を積むと、
原因究明や改善活動の時間が短くなり、
夜間休日の連絡もなくなり終息していく。
結果サービスサイクルが順調に回り始める。


これが仕事だ、といえば、
後世は「そんな仕事やりたくない」
というのではないか、と最近思い始めている。

送別会のはずが、OB会のようになった宴で、
先輩から
「徹夜とか終電逃したりとか、あの頃はあったねぇ。何でだろうね。」
と笑いながら話し合った。狂ったように働いていたが、
今になってみれば、よい先輩方に恵まれ、今ではよい思い出だと、私も思う。

「自分以外の他者に迷惑をかけないこと」

自分が発端であろうと、自覚症状がなかろうと、
他者に迷惑をかけてはならない。

幼少期の私はそのようなことを学んだ。
自分の責任の範疇で、自分で考えて行動すること、
これは社会で求められるものなのだと、身にしみる。
学校での共同生活は協調性をもつものだったと認識しており、
それはそれでよかったのだが、
必ずしも他者と同じ必要はなかったことも、
留学してわかったことだ。


「○○ちゃんだけちがう~」「みーんなおそろいー」


違和感を感じはじめたのは幼稚園か小学校の頃だっただろうか。

仲間の人数が増えて、若手を仲間に加えたところ、
そのような空気が流れはじめたように思う。

  • 誰かが優位に立ったら、自分はどこかへいく
  • だからみんな同じ、優位者はいない

目標どおりに年収を上げて、ポジションも変わっていった私に対して、
「あなただからできたのよ」
という言葉をいただくことがある。
「私が追い抜かしてしまった」先輩からその言葉を言われると、
申し訳ないような、しかし、
なぜ現在の環境の文句をいうのに立ち上がってくれないのか、
と思うことはあった。
そのように思うことはあったが、もう過去の話にしようと決めた。


上がらない人とは「さようなら」をしようと思う

自分が休日のときにも働く強い仲間がいる。
仲間もさようならを幾度となく味わい、最後の要も、旅立つことになった。


お疲れ様でした、とともにひとつの物語は終幕を迎えた。

残された仲間たちは、どうするだろう。

警告し続けることも、私の仕事の一部であるが、
もうそろそろどうしようか考えものである。

とりあえず、「忙しそう」と思っている人たちに向けては、
私が資格を取ると、よい刺激になるだろうか。
また、「あなただからできるのよ」といわれるのだろうか。
そういわれたら、もうどこかに武者修行に出て、
せめて現実と向き合ってもらいたい。